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2018年2月

天皇制に言及しない空虚な憲法論争

 天皇制のタブーから脱却出来ぬ未開の国の幼稚な日本人

世界連邦が成立しているのならいざ知らず、現実問題として国家が個々に存立している以上、それぞれの国家が独自に普通の軍隊を普通に保持しようとする権利は、過去に侵略戦争を起こそうとも起こさずとも、またどんな独裁国家も含めて、どの国家国民対しても平等に与えられた当たり前の権利であろう。戦後期の、一億総懺悔のような感傷的な理由からの戦力否定は別にして、一時の過ちだけで日本がその普通の権利の埒外にいなければならぬという合理的理由は全く見当たらない。

では、この当たり前の権利を巡っての正反対の主張が、つまり1項をどうする2項をどうするといった9錠を巡る殆んど噛みあうことのない一連の論争が、なぜこの日本にだけ存在するのであろうか?中国や北朝鮮はもちろのこと、同じ枢軸国であったドイツやイタリアにさえ、軍隊保持を巡っての、このような国を二分する論争が存在することなど聞いたことが無い。まして先の大戦でドイツは、ヒトラーとユダヤ人虐殺で日本以上に悪名を轟かせた国である。そう考えると、ドイツやイタリアにも無い余程特殊な歴史的背景や社会事情が日本にだけ存在する事になる。その間の特殊要因を考察する作業は歴史の流れを考えると一見煩雑そうにも思えるが、双方が繰り出す、敢えて主張するまでも無い単純な政治スローガンを除けてやると、答えは意外なほど簡単に見えて来る。しかし、多くの国民はその真実が顕わになると、国民各自がそのことへの自分の立場を明らかにしなければならぬため、あえてタブーにして、真実には出来るだけ触れないでおこうとしてきた。そういう事情だから、現実には互いの主張が、その言わずもがなの単純な政治スローガンに特化した応酬に終始せざるを得ず、この数十年来、全く変わり映えのしない論争を繰り返している。つまり、「平和が何よりも絶対に大切だ」「戦争は二度と御免だ」「平和憲法9条を守れ」とか、或いは逆に「自主憲法を持つのは独立国家として当然のことだ」「強い軍隊を持たなければ他国に舐められる」「愛国心と日本人の誇りを取り戻せ」などといった、今さら言う必要のない情緒的で実に単純な政治スローガンだけで、言い換えれば原理原則に拘り続ける単純左翼と相変わらず短絡的な単細胞右翼とが、自分の価値観と世界観だけを頼りに、それを相手に押しつけようと結論の出ない論争をせっせと続けている。

確かにこのままでは、出口の全く見えない憲法論争に終わる可能性が高い。しかし本当はそんな事よりも、国論を二分するような大きな隔たりと普通の軍隊を持つことへのためらいを、少なからぬ日本人に抱かせた本当の原因が、つまり余程特殊な要因が何であるのかを解明することの方が、何よりも重要であることは言うまでもない。そして上述したように、そんな事はやる気になれば、いつでも出来る非常に簡単なことでもある。はっきりと単刀直入に言ってしまえば、それは徹底的な批判を受けず反省もされずにもやもやとした日本的曖昧さの中で、日本人がいつの間にか存続させてしまった天皇制の問題である。いや、厳密には天皇制そのものと言うよりも、天皇制に寄生してきた自意識過剰なまでに自らをことさら特殊視して誇大化しようとした、日本人独特の独善的価値観とでも言えばいいのだろうか。日本人があえて知らないふりをし、勝手にタブー視してずっと覆い隠してきた事でもある。つまり、過去二千年の天皇制の歴史の中で、最も猖獗を極めたに違いない戦前戦中の偏狭で復古的天皇制の本質を精査して、当時の政治指導者達はもちろんの事、そのお先棒を担いだ一般社会の末端に至る天皇制軍国主義の信奉者や追随者どもの責任を厳しく追及し、同時に、幕末に猛威をふるった尊王攘夷思想や明治維新の本質も含めて、その後の歪んだ国家主義者や軍国主義者達、それに天皇の赤子達を次々に生み出していった要因を明らかにし、ドイツのナチズム批判のように、天皇制軍国主義がもたらした罪科も実はナチズム犯罪と根源は同じであると、徹底的に暴き出し批判出来なかった事に尽きる。有体にもっと分かりやすく言えば、天皇制軍国主義の権化であるようなノモンハンの辻正信やインパールの牟田口廉也的な恥知らずで無責任な右翼軍人たちや、軍国主義権力のお先棒を担いでいた無知で単純な庶民たちも含めて、旧体制の殆んどが偏狭な思想を残したまま、あらゆる形で、体よく何ら罰せられず生き残ってしまったからであると。

たとえ象徴性であれ天皇制を残してしまったことが、中途半端に終わった戦後改革の象徴であり、憲法解釈での大きな齟齬を国民の間に生み出した事に多くの人はまだ気づいていない。いやタブーが怖くて気づいていないふりをしているだけなのかもしれない。白馬にまたがった大元帥閣下が、ある日突然、好々爺然とした植物学者に変身して全国行脚を始めたからと言って、身分的天皇制の本質が変わったわけでない。あの時、天皇制の廃絶(もしくは宗教法人化)にまで至ったならば、今の、文字通り反動めいた保守勢力のうごめきはもっと小さなものになっていたであろうし、だいいち彼らの存立の基盤さえ危うくなっていたに違いない。それどころか分かりやすい話し、間接的な結果として、中国の尖閣に対するちょっかい出しや、韓国による慰安婦での厭らしい日本批判の基となる動機付けも、もっともっと和らいだものになっていたに違いない。自分に厳しい人間に、他人はそうやすやすと批判など出来ぬのが、人の世の習いであり人間のたちなのである。戦後、日本が自らに客観的で毅然とした厳しい態度をとっている姿を見せていればこそ、他国もそうやすやすとつまらぬ批判など出来ようはずはなかった。なのに現実は普通の軍隊を普通に持つことにさえ、一部外国からつまらぬケチをつけられている。

つまり、日本自体が日本批判の種をまいてきたのだ。敗戦直後あれだけ声高に叫ばれていた大戦での戦争責任いや敗戦責任の所在さえもが、いつの間にか何処にもなかったかのように消え去り、それどころか、いや実は誰も悪く無かっただの、世間の当たり前の常識で考えれば、真っ先に責任を負わなければならなかった筈の天皇を含めて、本当は一億国民皆被害者であったのだと、まるで手品のように、実に巧妙姑息に世間の空気がすり替えられていってしまった。さらに悪いことには、あの戦争は侵略でも何でもなく、逆に植民地での皇民化教育も含めて、インフラ整備も随分としてやったりしてアジアの近代化に大いに貢献し、現地の人たちからは文句をつけられるどころか、本当は陰で感謝さえされている話であり、よくよく考えてみれば、結果的にあれは欧米帝国主義からの解放戦争であったなどと都合よく真顔で言いだす、つまり他国の人間が同じ様に持つ愛国心と自尊心が想像出来ずに、他人の気持ちを自分流に勝手に忖度する手合いが見事なまでに復活してきてしまっていたのだ。結局、何の反省もなく誰も責任を取らないまま、都合よく日本中に無責任体制が見事なまでに出来あがっていた。国内外に不信感が生じるのは当たり前のことである。だから、自衛隊を当たり前の軍隊にしたいなどと実に当たり前の主張をしても、国内外から反発を受け警戒されるのは当然ではないか。本当にそうしたければ、戦前戦中の負の部分は全否定しなければならぬ筈なのに、教育勅語にも良いところは一杯あったなどと妄言を吐く輩も出て来る始末である。誰が彼らの主張する憲法スローガンを信用など出来ようか。ドイツの様に、ヒトラーを全否定し未だナチズム批判を徹底化している国とは大違いなのだ。ヒトラーにも良いところはあった、ナチズムにも良いところは一杯あったなどとドイツ人は絶対に言わない。ましてや最高政治権力の地位にある人間に至っては。

そもそも軍国主義と結びついた天皇制そのものが、日本をあわや1945年8月の亡国の淵に導いておきながら、そこの肝心なことは棚に上げて、つまり日本消滅ということも十分考えられた事実をうやむやにする為なのか、或いは天皇制至上主義の特定の勢力が自らの利益を保全する為なのかは分からぬが、逆に天皇制を廃止したら日本は共産勢力に支配されただの、制御不能の内乱状態の国になっていただのと、まさに予測不能で本末転倒と言っていい屁理屈を考え出して天皇制を存続させてしまったのだ。だいいち、日本人を幸せ一杯に守っていてくれるそんな素晴らしい制度で有ったならば、原爆まで落とされ北方領土まで奪われ、挙句何百万人の国民が男女子どもを問わず殺されるという、最初から日本がそんな奈落の底に突き落とされる必要など全くなかったではないか。歴史上、それこそ悪逆非道な天皇も個人的には少なからず存在したけれど、政治制度としての天皇制が、これほど猛威を奮い人民を苦しめた時代は、明治維新以降敗戦に至るまでの80年間を除いては恐らくなかったに違いない。南朝の重鎮であった北畠親房でさえ、今に生きていたならば「神皇正統記」に必ずやそう書き記して嘆いたことであろう。天皇制が政治に一番悪用された、本当はそういう時代であったのだ。そして、日本人は決して情緒的ではなく、その歴史的事実を全て客観的に理解してから天皇制を語るべきなのである。

それはともかく、靖国参拝同様、天皇制の犯した過ちに目をつぶったことは諸外国によるつまらぬ日本批判の口実を与えることになってしまった。だからこそ逆に、天皇制廃絶に至っていれば領土問題などにおける当たり前の権利も堂々と主張でき、他国の不正行為に対しても何の後ろめたさも感じずに厳しく対処できたのである。当然、国内においても、削るとか削らぬとかの9条を巡る瑣末で無用の論争も、当たり前に普通の軍隊を持つことへの異論も不信感も発生しなかったに違いない。そのようにして、単に諸外国につまらぬ口実を与え、国内に対立と不信感だけを蔓延させてしまっていた。とっくに原因ははっきりしているのに、国内外の政治状況や社会状況の変化に目を奪われ、つまらぬタブーを含んだ社会常識や、天皇制護持が必須のメディアと復古勢力などに巧みに惑わされて、そのことに気づかぬ、いや無頓着な人たちが、肝心の天皇制論議を抜きにして、お互いに何故正しいのかと現在の自分達の主張にさえ自信を持てていない癖に、こんなつまらぬ憲法論議などにうつつを抜かしている。それよりもあの時、日本を惨めな敗戦に導いた天皇制軍国主義者どもと、それを生み出した偏狭な尊王思想や天皇制国家主義思想を、日本人自らが徹底的に究明して糾弾し、いや排除してさえいれば、今の日本の政治的分断状況は大いに変わっていたであろうことは、何度でも言うように間違いないのだ。

NHKの大河ドラマなどに顕著な如く、未だ薩長史観の流れを受け継いだ反動的な勢力が、大陸での植民地戦争ばかりでなく、アメリカの挑発にまんまと乗せられて勝ち目のない戦いに突入し、挙句、徳川以来の領土をも喪失するという大失態を演じながら、恥知らずにも敗戦責任も全く取らず、相も変わらず明治維新から無条件降伏までの歴史を歪曲し、ことさらやたら美化して、その延長としての戦前天皇制軍国主義の罪科をうやむやにしようとしている。まさに、責任の一端を担うべき庶民も含めた、少なからぬ無責任な保守的復古勢力がおめおめと生き残ってしまっているからである。そういった社会状況から、今では無知な国民への遠慮なのか、選挙結果を気にしてからなのか、日本共産党でさえ戦後天皇制に対するその態度を曖昧にしている。当時、確かにA級戦犯などが部分的に旧体制の象徴として裁かれはしたけれど、朝鮮戦争の勃発に象徴される世界の冷戦構造の中で、はっきりした結論を出さぬまま、中途半端な形で極東軍事裁判は終わってしまった。その時、全ての軍国主義者を裁いて一掃してくれるものだと進駐軍に期待を抱いていた多くの日本人は、当然肩すかしを食い割り切れぬ気持ちを抱えて、自らは何もなし得ぬまま、それを引きずる様な形でずるずると今日まで来てしまったのだ。

そういった状況を当然のこととして肯定するのか、或いは否定するかで、いわゆる平和憲法と言われる9条に対する見解も全く異なってくる。だから一方で、その極端な反動で、そういう意味では決して無理からぬことではあるけれど、つまり戦前戦中体制の温存と、いつあってもおかしくは無い反動勢力の復活に対する極端な不信感と警戒感から軍国主義・国家主義に苦しめられ、軍隊で散々殴られいじめられて自国に誇りの持てなくなっていた多くの国民の、自国の軍隊つまり自衛隊に対するあからさまな軽蔑的風潮を社会全体に蔓延させてしまった。そういう意味では、戦後日本の全ての矛盾は無責任な反動勢力を徹底的に叩きつぶせなかった事から派生したものであり、戦後の悲劇はそこから始まったのである。今ではすっかり忘れ去られてしまっているけれど、あの当時、これは日本人の少なからぬ常識だったのではなかろうか。

自前の軍隊を持つという、当たり前の権利さえも自ら拒否したということは、馬鹿馬鹿しくも現人神を拝まされつつ、反戦非戦を含んだ一切の自由な言論が全て弾圧され、あまつさえ侵略戦争の先兵にさせられ、挙句国土を焼けつくされて惨めな敗戦を喫した、当時の日本国民の正直な気持ちの表れであった事は間違いない。彼らが文字通りの完全非武装を含めて徹底的かつ極端な平和主義を希求したことは、先の状況を考えれば、無理からぬ純粋で紛う事の無い事実であったと思う。現在、実に巧妙に曖昧にされているけれど、ナチズム同様それほど天皇制軍国主義は猛威を奮っていたのである。もちろん北朝鮮やシリアを含めて、どんな独裁国家においても、その体制に痛痒を感じずにすむ幸福な人たちが少なからずいるのは事実である。当時の日本でも、少なからぬ利益を享受していたからなのか、それとも単なるおめでたい無知さ加減からなのかはともかく、何ら痛痒を感じずに幸せいっぱいに毎日を過ごしていた人たちも結構いたであろう。いや、それは確かな事である。しかしそれに反して、本来まともな少なからぬ日本人は正直もうこりごりであったろうし、もとの時代に二度と戻りたくはないと感じていた事も事実であったろう。ドイツの様にヒトラーを完全否定して、ナチズム批判が今も徹底的になされていればともかく、教育勅語にも良いところはあったなどと、過去の経緯を忘れたかのように、いや単なる郷愁と無知から来ることなのかは知らないが、能転気に懐かしげに語る世襲宰相殿が出て来るこの国のお粗末な政治的現状を見れば、おいそれと改憲などに賛成するわけにはいかない。このようないきさつを知らない単純な民族主義者や若い世代が出てくれば、同じように偏狭な民族主義の混じった、中国や韓国の挑発的発言や行為に素直いやストレートに反応して、その戦中戦後の歴史を理解せぬままそれを飛び越えて、歴史の習いで同じ過ちが繰り返されることはもう必定である。

皮肉めいた言い方になるけれど、憲法問題に象徴される国内の対立状況も、ヤンキーに石つぶてひとつ投げるでなし、日本人の矜持を捨て去って進駐軍にあれほどペコペコしていたそういった輩に限って、喉元過ぎれば熱さ忘れるの如く、進駐軍がいなくなった途端に日本人の誇りとか自前の憲法などといきなり叫び出すような、そんな日本社会のあらゆる層に死なずに残っていた卑怯でさもしい日本人が持つ、自意識過剰なまでの民族主義的で陰湿な気質が何の反省もなく、そのままいつ再発してもおかしくはない病原菌として残されてしまっていたからなのであろう。そういう事情を考慮して、それでも改憲がどうしても必要と言うのであれば、その時は9条だけでなく、天皇制の存否や、それを維持する為の少なからぬ宮内庁予算、そして天皇制の宗教法人化といったことも含めた改憲論争が当然必要になってくるのが物の道理である。改憲論者はそのことの重大さをはたして認識しているのであろうか。いや護憲論者も、今の天皇制を手つかずのままにしておいて、それは象徴天皇制でもあるし、それに天皇ご夫妻もお人柄がいい人たちだからと言って微笑ましげに見過ごせる「空気の様」な存在だと思っているのであろうか。ただでさえ水と油の如き9条論争なのに、このことを棚上げにした右も左も奥歯に物を挟んだままの、欺瞞的かつ不自然な暗黙の了解の上に立っての改憲論議など、ますます茶番に過ぎなくなっていく。いつまた偏狭な国家主義が頭をもたげて、あの忌まわしい天皇制と結びつくかは分からない。改憲を語るのであれば、退位問題に目を逸らされてお茶を濁すだけでなく、火種を残したままのこの象徴天皇制の存廃も含めた議論でなければ本当は何の意味もない。はたして、そこまで出来るのであろうか。

結論から言えば、我々日本人が普通の軍隊を持ちたくとも、その足を引っ張り持てないようにしているのは、まさに「戦前日本にも良いところは一杯あった、戦前天皇制価値観にも素晴らしいところは一杯あった」などと言って、国内外につまらぬ疑心を振りまき、自分の存在に疑問も痛痒も感じずにいられる勢力の存在に他ならない。つまり、なし崩し的に過去の敗戦責任が曖昧にされて、旧体制に対する徹底的な批判とそれへの決別がハッキリ出来ない状況が続く限り、いやそれどころか教育勅語を暗唱する年端の行かない子どもたちの姿に感激の涙を見せたり、教育勅語にも良いところは有ったなどと能転気にしゃべることの出来る鈍感な輩に、自衛隊を普通の軍隊にしたいから憲法も変えたいなどと言われても、それに対してストレートで真っ当な憲法論議など到底出来ようはずもなく、まして賛成など出来ようはずもなく、現在の9条論議をこのようにただ皮肉交じりに揶揄することが精一杯なだけなのである。

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