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トランプ現象から思う  普通選挙の幻想と陥穽

選挙の結果は何びとも犯すことの出来ぬ最高の民意であり、民意とあらば、それがどのようなものであっても誰もが従わねばならぬ絶対的正義であるという素直な思い込みと、そして人類に幸福しかもたらさぬ天与の権利であるという如何にももっともらしい普通選挙権への幻想が、かつてはナチスドイツや天皇制軍国主義国家の台頭を許して、その行動を正当化し、その結果、多くの人間が筆舌に尽くし難い辛酸を舐めたのである。それは例えば、納税額の多寡による制限選挙であっても、まだその方がましであったのではないかと思わせるほどの不幸を人類にもたらしたのである。にも拘わらず、懲りもせず、単純進歩人や呑気な人権至上主義者に支持されて、それは今再び新たな狂気を生み出そうとしている。
かつて、その悲惨な結果に懲りて、平等な(完全ではなかったけれど)普通選挙制度であっても、それは偏狭な民族主義と露骨な排他主義を明確に露呈させるだけで、必ずしもそれは人類に普遍的な平和と安全と幸福をもたらすものでないという教訓を得たが、歳月の流れはそんな単純な教訓さえも風化させて、民衆は正義しか選択しないという同じ様な愚かな幻想を再び撒き散らしてきた.
つまり二度の世界大戦を経て、その教訓から、いっとき一部の合理的な人たちの間に、民意がいつかまた同じ様な狂気を生み出し暴走を繰り返すのではないかという疑念を生じさせたけれど、大多数の世間の人たちから、逆にそれは民衆を小馬鹿にした知識人の甚だしい思い上がりであると言う、いつもの知性批判の常套句で批難されてうやむやになり、結局、普通選挙制度に対する検証と根源的な論争はなされずじまいに終わっていた。ところが、単なる嫌みや皮にくれ、或いは被害妄想と誇大妄想とでしか思われていなかった普通選挙制度への懸念と疑惑が、皮肉なことに、今度は自由と人権の国アメリカでの、エキセントリックな人物の出現によって現実的脅威になろうとし、世界中をあたふたとさせている。

「大衆は女々しく愚かである。彼らを操るには、ただ憎悪をかき立てるだけでよい」と述べて、雰囲気に流されやすい大衆と、一見民主的でもっともらしい普通選挙制度とを徹底的に利用して成り上がったのは彼のヒトラーであった。しかし、それは時代が特定された昔話ではなく、いつの時代にも、それを地で行くような悪質な扇動者・デマゴーグは存在する。今、独裁者ヒトラーほどには陰湿で狡猾で計算ずくでは無いにしても、そしてその主張が極めて幼稚で演説が場当たり的であったとしても、さらには、今はまだ彼の独裁者の極めて亜流の様な存在であっても、大衆の熱狂ぶりから察するに、その登場は将来の真正な独裁者ヒトラーの復活をさえ予見させる。インテリの本当は思っていても心の奥底を本音で語りたがらない弱みを逆手に取って、大衆の心の奥底に潜んだ黒く淀んだ本音を巧みに代弁する、つまり、合法な移民と穏健で誠実なイスラム教徒をさえ、そして同盟国であった筈の日本や韓国をさえ敵に見立てて,衆愚どもの心の底に必然的に潜む、何となく曖昧な憎悪を巧みにかき立てることに長けたひとりの白人が自由の国に現れたのである。
社会には今も同じ様に、相変わらず物事を情緒的にしか捉えられない大衆にはびこる、知性を嫌悪しがちな反知性的雰囲気が満ちている。今後、民衆の心の奥底に潜む情緒的怒りと憎悪の矛先を、単純明瞭に示してくれるトランプの様な小ヒトラーが益々増えて来ることは間違いないであろうし、そのレベルに相応しい衆愚の数も加速度的に益々すそ野を広げて行くに違いない。どんな種類の人間にも、平等に与えられるという基本的人権思想に裏打ちされた普通選挙権の拡大は、結果的に大衆に媚び且つ扇動する怪物たちを次々に生み出していく。これはまさに百年以上この方、マスコミメディアの責任に他ならない。アメリカや日本のみならず、彼ら大衆を基本的人権を有した社会の主人公などと煽てあげながら、啓蒙も出来ず様々な手段で軽薄化しておきながら、それに矛盾するかのように、一方で民意であるはずのトランプ現象を取りあえずは批判して見せるマスコミメディアの欺瞞的かつマッチポンプ的体質を明らかにしない限り、テレビやラジオや新聞を巧妙に利用して、作られたイメージに簡単に左右されがちな衆愚を操って、選挙に合法的に、しかも、いとも簡単に当選して見せる最近のポピュリスト達の登場はその典型的かつ具体的な例であろう。

その魂胆はは見えみえなのだけれども、洞察力と直観力の欠如からそれに気付きもせず、取りあえずは風変わりなパフォーマンスと自己顕示欲の強い人物を面白がってみせる、こうした普通の市民の当たり前の熱狂、いや、まさに普通の市民の手のつけられぬ政治的熱狂は、基本的人権と言う根拠曖昧な理由による野放図なまでの普通選挙権の益々の拡大によって、このような大衆ヒステリーに陥りやすい民衆と、それに相応しい扇動者を次々と政治の表舞台に引っ張り出してくる。

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コメント

トランプ大統領は自己顕示欲が暴走し過ぎているのかもしれない、私香菜子はそう思うことあります。

自尊心を持つこと、自信を持つこと、承認欲求を持つこと、全て良いことです。

でも、誤解を恐れずに言うと、自尊心過剰、自信過剰、自己顕示欲過剰は、高飛車で傲慢で攻撃的な言動、過度な敵対意識、醜悪な差別発言、につながると思うんです。

投稿: 香菜子自己顕示欲の暴走とトランプ大統領 | 2017年8月19日 (土) 17時02分

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