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戦後レジームからの脱却

「昭和の妖怪」と言われた祖父からの、目に入れても痛くない可愛がられようで幼少期を過ごし、なお且つ戦前戦中の華々しい祖父の成功譚と権勢ぶりをさんざん聞かされて育てば、体験せずとも、大アジア主義華やかなりし頃の、大いに威勢の良かった時代の軍国ニッポンに何となく懐かしさを覚え、ついでに憧れを抱くのも当然であろう。これは生まれながらにして、反骨心と独立心とが旺盛な余程に英邁な人物で無い限り、世の中の不条理や不合理に対して何の矛盾も感じず何の疑問も抱かず育てられてしまった、普通の平凡な、いわゆる凡庸な世襲政治家が必ず辿る普通の道なのである。

ところで、「戦後レジームからの脱却」などという大仰な物の言い草自体、お坊ちゃん育ちのあの方にはあまり似つかわしくはないフレーズだけれど、子どもの頃、意味も分からずにテレビから流れ出る「アンポ反対」のスローガンに唱和して遊んでいた経歴からすると、今も本当にその意味が分かって口にしているかどうかは疑わしい。だいいち肝心の「戦後レジーム」なる言葉自体、その具体的内容が曖昧模糊としていて分かりずらい。そもそも、具体的に一体何を指して言う言葉なのであろうか。戦後70年間の日本の平和を、つまりアメリカの軍事力によって延々と守られ、今も弾丸飛び交う世界の情勢をよそに、戦火を交えずに生活してきた日本人の平和状況の事を指して言うのであろうか。もっと具体的には、アメリカ進駐軍によって植え付けられてきたアメリカ流民主主義によって、日本の市民社会が近代化され経済が繁栄し、そしてアメリカ式の生活スタイルやジャズ音楽やハリウッド映画などのこてこてのヤンキー文化を享受謳歌してきた享楽的状況を言うのであろうか。それとも、少なくともソ連や中国や北朝鮮からのイデオロギー的影響を受けつつ、体制批判はおろか戦後民主主義の恩人アメリカに対しても自由に批判できた社会民主的戦後政治体制の自由を言うのであろうか。或いは、そのどちらにしろ、そういう風に最高に自由を享受出来、お腹もある程度満たされ物質的にはともかく満足したので、あとは戦前の大東亜共栄圏ではないが、もと来た道を戻って日本を中心にした大アジア主義で精神的にもっと勇ましく日本人らしく行きたくなったとか、とにかくそうはっきり言ってくれればよく分かるが、要するに、具体的にどういう状況からどのような状況に変わりたいのかという事がよく分からない。

植え付けられたアメリカ式民主主義社会が気に入らぬと言うのであれば、日米同盟などというフレーズ自体全く矛盾する。また、中国などの体制の異なる国からの影響力の排除を強く言えば、戦前の暗黒体制への逆行と非難されるのが落ちだから、そんなことは腹の中では思っていても面には絶対表わさぬであろう。では一体、何のための戦後レジームからの脱却なのであろうか。単なるキャッチフレーズの言葉遊びに過ぎぬのだとしたならば、特段世間も大騒ぎする必要もない。

今さら戦後レジームなどと言われても、そもそも戦いに敗れたならば、国体はもちろん日本国滅亡も当然想定し、覚悟して欧米列強との一戦に臨んだ筈ではないか。現憲法がアメリカにあてがわれて出来たものだと、殊更に強がりを言って虚勢を張っても、先を越されて核爆弾を投下され、固有の北方領土まで奪われて完膚無きまでに負けたのだから、何をされようが文句など言える筈がない。古来、戦争の習わしで、本当なら日本男児は全員須らく金玉を抜かれ、なでしこ達はことごとく娼婦にされていてもおかしくは無かったはずである。戦争指導者たちが敗戦の責任を取って腹も斬れずに、ただアメリカの御慈悲に縋って、自分たちはおろか国体も維持して生き残って来られたのだから、いわゆる平和憲法を押し付けられても文句は言えまい。それよりも本当の日本男児であれば、靖国参拝などせずとも、あの時潔く靖国の大鳥居の前で、腹を掻っ捌いて英霊に詫びていなければならなかったのである、少なくとも戦争指導者どもは。とにかく、「戦後レジームからの脱却」などと言う一見カッコイイだけのスローガン自体、苦労知らずのお坊ちゃん宰相の言葉遊び,単なるたわごとに過ぎない。

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