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2015年5月

従軍慰安婦問題から、あらためて日韓関係を考える

 

 

「喉元過ぎれば熱さ忘る」ではないが、決して逃れることの出来ない、かつての軍国ニッポンのとった否定的行動を忘れ去る事にはもちろん賛成しかねるのだ。しかし、そうは言っても過去に起きた否定的事実を、のぼせあがった反日の雰囲気の中で、自分自身のいたらなさは全て棚に上げておいて、いや自分達には過去の国家の零落には何の責任も落ち度も無かったかのように、そして味噌も糞も一緒くたにするように、どさくさに紛れて負の遺産全てを、かつての日本の軍国主義・侵略主義に結びつけることにも又賛成しかねるのだ。

確かに考えてみれば、幕末、日本人も尊王攘夷のスローガンを掲げて、まるで自国のことだけは特別視するかのように過激な外国人排斥に走りながら、そして、そのことは自らの国土と民族の尊厳を守るための正当な行動であったかのように、勤皇の志士だ尊攘の志士だなどと何の反省もなく、日本中が今でもその事を殊更かっこよく英雄視し自慢げに語っている癖に、それが他国のことになると、その数年前までの排他的な日本人の行動を全く忘れたかのように、他国人のとった同じ様なその行動や言動は全否定して、征韓論を契機にさらにその後も李朝の権力争いに容喙し続け、日清日露戦争後、一部要請があったとは言え強引に朝鮮(韓国)併合に至った歴史的経緯などは、たとえ結果的に社会の近代化とか教育の向上とかに少なからぬ影響を与えた一面があったとしても、それはあくまで結果論であり、そのことだけを持って、彼らの民族的プライドを傷つけた朝鮮併合の正統性を主張する事など出来ようはずもない。実際問題として、当時の李朝の統治能力の無さや政治の腐敗と堕落そして朝鮮国内の混乱ぶり、さらにそれに付け込む様なロシアを始めとする列強の脅威に対抗するという事情があったにはせよ、そこは併合ではなく英米も容認していた保護国化に済ませていれば、いや民族的プライドを尊重して形だけでも対等な連邦国家を樹立していればよかったのである。それさえも、あくまでも将来の朝鮮自立を助けるための手段であり目的では無かったはずなのだが。ましてや、日本がアジアの盟主になるなどと言う思い上がった考えや目的などは論外であったのだ。

にも拘らず、彼らのプライドを無視するかのように日本の天皇や宗教や文化まで押し付けながら、併合に関して未だ自分勝手な論理を繰り返す日本人が少なからず存在するのは残念ながら否定できない事実であり、さらにその日本人の中には、功罪の巧の部分だけを都合よく取り上げて、それでもって強引な併合の正統性を主張するばかりか、社会インフラを含めて近代化の全てを日本人の手柄のように語る極めて独りよがりな手合いもいるから手に負えない。見てみろ、そういう日本人に限って、極端な天皇神格化と単純な外国人排斥以外の何物でもなかった、朝鮮人の外国人排斥行為と同じ様な幕末の尊王攘夷運動を、尽忠報国とか大和魂などと様々な甘ったるいフレーズに酔いしれながら、ことさらに英雄的な行動として美化したがるのだ。確かに、当時自立困難で腐敗と堕落を極めていた李王朝とはいえ、それでも他民族のプライドを無視した併合などは、異国からの侵略を防ぐという幕末の外国人排斥運動のそもそもの理由と目的を思い出せば、その事の無念さは十分理解出来るくせに、自分が支配する側に回ると、自分勝手という悲しい人間の性なのだろうか、日本の犯した大きな過ちであったことを認めたがらない。一連の歴史の中で、立場を逆にしてみればよく分かることではないか。例えれば、いや分かりやすく言えば、今ある日本の繁栄と近代化と民主化は全てマッカーサーのお陰であり、尊王攘夷から明治維新にいたる日本人自身の営みと努力は1945年の敗戦で全てが消し飛んで、いやそもそもが何も無かった、まるで意味がなかったなどとアメリカ人が言うようなものだからである。もっと分かりやすく例えるならば、ぺリー艦隊来航時、アメリカの武力に屈して併合され、合衆国の何十番目かの州になるようなものだったからである。果たして、そのことが日本人に耐えられたことであろうか?もっとも、1945年8月の国土の喪失や原爆投下といった天皇制軍国主義のもたらした悲劇惨状を考えれば、それでも結果的にはその方がはるかによかったのかもしれないのだが。

 

それは兎も角、だからと言って逆にそれまでの朝鮮社会に常に残っていた、まともな大義名分などまるで無かったくせに、近視眼的に自分たちが属する党派や身内や出身地域の利益だけの為に、いつもふた勢力に分かれて只いたずらに国力を消耗させていた非建設的で不毛な争い、さらには今の大統領犯罪にまで通じる政治家どもの不正行為や腐敗しきった役人社会と極端な富裕層の存在、そして両班や奴婢・白丁などと云った前近代的な身分差別制度などの負の側面は全く無視して、さらには日本の幕末期と前後して李朝末期に多発した、外国人への極端な排斥を含めて、外国人宣教師やキリスト教徒の惨殺といった残虐行為までも都合よく忘れ去って、そして今ではそんなことなど全く無かったかのように、まるでいつの時代でも、いつも自らは犠牲者でありやさしい羊であった如く都合よく語る今の韓国人の態度にもどこか違和感を禁じ得ないのだ。そして過去の否定的事実や自らの失敗を、何から何まで一緒くたにするかのように、それらをも日本の侵略主義や植民地主義のせいにしようとしているようにしか思えぬその卑屈で性悪なご都合主義的態度にも、冒頭述べた如く、自分たちの至らなさや事実からの責任逃れの何か釈然としない気持ちが残るのは当然であろう。ましてや今度の韓国人従軍慰安婦問題に関わる諸問題、その根拠の一部にもなっていた非人道的な日本軍の関与の多くの部分は、日本の某大新聞の記事の誇張や、一部ねつ造であったことが明らかになっているわけであるから。そのような戦後の混乱に乗じて、具合の悪いことはひと先ず過去の日本のせいにしておけばよいという、どさくさに紛れた火事場泥棒的主張や姿勢には、逆に日本の行った過去の明らかな侵略的行為や他の蛮行をさえ曖昧にする危険性があるのだ。誰がどんなに言い訳をしようが、過去に一部とは言え、不届き極まりない差別的日本人が行った朝鮮人差別や陰湿ないじめは厳然としてあった事実なのだけれど、そのことさえも曖昧にする危険性が潜んでいるのだ。過去を知らぬ連中(もちろん日本人にも言えることだが)が、自分自身は体験もしていぬくせに憎悪を勝手に煽りそれをさらに増殖させているとしか思えない。

 

それでも件の従軍慰安婦問題、それが韓国が述べるように一字一句正確な歴史的事実としたならば、戦後、従軍慰安婦問題に関しての日本批判と追及の声は直に上がっていたはずである。それなのに日本が完膚無きまでの敗戦を喫し、韓国・北朝鮮がその日本の植民地支配から脱して、当たり前ではあるが、さっそく日本人への意趣返しを始めた時に、なぜ真っ先に慰安婦問題に関して日本追求の声が聞こえて来なかったのであろうか不思議ではある。日本支配のくびきから脱出したばかりで、そして南北分断など国内社会が安定せず、その頃の韓国人にそんな精神的余裕などなかったと言えばそれまでであるし、慰安婦自身の世間的対面が有ったから表に出せなかったなどと言ったら、所詮その程度であったのかと、その説得力は甚だ脆弱であると言わざるを得ない。日本人自身、あの侵略戦争に駆り出された挙句、惨めな敗戦を喫し、戦争はもうこりごりという心底からの厭戦気分と、一億総懺悔の雰囲気が戦後しばらく日本全体に色濃く漂っていた頃である。当時、追及の声が上がっていたならば、おそらくあの頃の誠実で平和的日本人は、それが事実であろうとなかろうと、反論もせず無批判に、その非難を受け入れていたと思う。

それでは、少なくともその後、日本憎しの感情から勝手な境界線を設定して日本漁船の無法拿捕を繰り返していた、文字通り「泣く子と地頭には勝てぬ」を地で行っていた李承晩時代、何故、韓国人従軍慰安婦問題を取り上げる声が聞こえて来なかったのであろうか。追い打ちをかけるという意味で、そしてあらゆる面で、絶好の機会ではなかったろうか。さらには、都合のよいものは何でも日本との外交カードに利用するあの北朝鮮にしてから、気の向いた時に付き合い程度に口にするだけで、今現在、証拠を挙げてあからさまにはその声を上げていないのが現実なのだ。何故、韓国だけがという疑問は当然起きる。そして韓国が主張する従軍慰安婦問題がもし本当にそうであったのならば、強制的に駆り出されていった女性は何十万人もいたという主張でもあるのだから、当然あちこちに生々しい形で記憶や怨念が残っていたであろう。絶好の機会であった筈の李承晩そして朴チョンヒ軍政時代にその声や噂さえ起こらず、何十年も後に何故沸々と湧きおこったのであろう。

ましてや慰安婦が問題視される以前、その従軍慰安婦という女性悲劇を無視し、いやそもそも従軍慰安婦問題なるものが厳然としてあったならば絶対に出来なかった筈の、官民挙げてのキーセンパーティーと称する売春商売を自ら考案し、外貨獲得の為に自発的に自国女性を日本やアメリカの男性客に無理やり差し出し売りつけていたではないか。さらにはベトナム戦争時における、韓国兵のベトナム女性に対する性犯罪を含めた蛮行や残虐行為には一切しらを切っているくせに。当時のことをよく知っている身からすれば、自分のことは棚に上げて「よく言うよ」という気持ちしか思い浮かばないのだ。だから、論理的に突き詰めていくと、当然そこに何か作為的なものを感じるのである。もちろん巷間伝えられる従軍慰安婦なるものが、その名称が正しいかどうかは別にして存していたことは厳然たる事実である。南京事件での、多発する日本兵による婦女凌辱行為に手を焼いた松井総司令官の発案であったと思う。しかしその慰安婦は何も半島出身者だけではなく、本土の日本人女性の方が圧倒的に多かった筈であり、例外的事例はあったとしても、そこに半島出身者だからという構造的で差別的な扱いがあったとは到底考えにくいのだ。ただし、少なからず特異な例はあったと思うけれど、その不幸は何も韓国人娼婦だけのものでは無かったであろうし、日本人女性もその多くが不幸を背負っていたのだ。さらには、不届きこの上ないとんでもない日本軍人や日本兵も相当数いたであろうし、あこぎこの上ない朝鮮人女衒もかなりの数に昇っていたであろうことは想像に難くない。しかしながら、もし、そういった事実が構造的に行われていたのであるならば、前述したように反日が今以上に盛んであった、もっと以前に噴出していたであろうことは容易に想像されるのだ。それどころか、悪質で違法な慰安婦募集を行っていた朝鮮人女衒が、逆にかなりの数字で統監府によって摘発されているのだ。日本や日本人が絡めば取りあえずは全て日本人のせいにする、このような後先考えぬ情緒的批判を含んだ幼稚な動きは、日本のかつての侵略的戦争や靖国参拝を追求する際に、仮にそのこと自体正当な主張であったとしても、逆に全てが従軍慰安婦問題での主張と一緒くたにされて、今まで彼らに同情的だった公平な日本人にも、多くの高校生を見捨てて乗組員だけが真っ先に逃げ出したセウォル号事件を連想させ、いざとなると露骨に顕れる呆れるほどの無責任性、そして自分の非は全く認めぬくせに、立場が変われば一方的に他人の非をあげつらう自己主張の極端に強い韓国人独特の国民性と取られがちになり、却ってマイナスになるのではないだろうか。見ていろ、かつての親日的韓国人と言われる人達を、当時の事情と歴史背景を一切無視し、僻み妬みからに過ぎぬくせに売国奴扱いして非難を浴びせ掛けている連中に限って、天の配剤で当時親日的と言われた人たちと同じ様な立場境遇に置かれたら、それ以上に日本人に取り入り媚びていた事まず間違いはないから。

 

この様な社会の雰囲気は、分かりやすく言えばアメリカに頻発する、警官による黒人容疑者に対する射殺事件や暴行事件が起きた時の社会の雰囲気に似ているのだ。過去における苛烈な、そして今も隠然として残る黒人差別は当然排除しなければならない問題ではある。しかし、そのことと、一連のこうした問題を短絡的にすぐ結びつけることには聊か不自然さと安直なものを感じる場合もあるのだ。殺される数は白人容疑者あるいは犯罪者の方にも同様に多いはずなのに、どういう訳かその方がセンセーショナルで都合がよいのであろうか、殊更に人種問題をあげつらって結びつけ、容疑者の事情や状況を全く考慮せずに、また単なる白人警官の個人暴力であっても、逆に凶悪な黒人による単純犯罪であってもすぐに人種トラブルに矮小化して、ことさらに問題化する最近のアメリカの事情に非常に似かよっているのだ。おそらくある時点で、慰安婦問題も同じ様に、時には韓国にはっきりと物申すという柔軟な視点を欠いた日本の単純左翼や、殊更に反日感情の強い偏狭な民族主義的韓国人の何者かに焚きつけられ、何となく反日の雰囲気の中でその感情が煽られ、さらに偏狭な民族主義が益々熟成されて、いつの間にか日本憎しの感情から、その慰安婦の不幸なるものが日本人憎しの感情とともに複合的に次第に増幅されたのであろう。そして、それにすぐ反発するかのような日本の単純世論。その方が何かと都合のよい政治家や商売のやり易いメディアも多いことであろうから。とにかく日韓双方に巣くう偏狭な民族主義者だけは絶対に取り除かねばならぬのだ。

 

ところで、その急先鋒のお一人であられる朴クネ大統領ご自身、戦前こちこちの日本職業軍人であった父親がおられるのであるから、その辺の御事情は聞いて一番よく知っているはずなのではないか?それとも親子の会話が乏しかったのか。それにしても、A級戦犯のお孫さんであられる安倍総理と、何となく生まれた環境が似ておられる朴大統領、天の配剤で全く逆の立場に生まれてきたとしたら、お互いどの様な発言をなされるのか、大変興味深い事ではある。いや、これは双方の国民全体にも確信的に言える。お互いに、それまでの自分の主張とは正反対に、今の相手の主張を同じように並べ立てて、相手を誹謗中傷していることは絶対に間違いない。

 

 

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