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震災に際して想う、日本人の誇り

                        行燈省益

予想だにしなかった規模での大地震・大津波、そして引き続く忌まわしい原発事故と、被災者には本当に同情を禁じ得ず、又多くの犠牲者に対しては只ただ「衷心よりお悔やみ申しあげます」という極めて当たり前の言葉しか浮かばず、当初、他に適切な表現が思い当たらぬほどの大惨事であった。だから未だ記憶冷めやらぬこの時期に、この一連の厄際に関連して文字通り評論家的・傍観者的に発言することなどは不謹慎の誹りを免れず、また万を超える犠牲者のあまりの数の大きさに非常なためらいも感じるのだが、それでも日頃胸に鬱屈して沈殿した日本人に関する名状し難いもどかしさを少しでも晴らせたらと、こちらも震度5の恐怖を体験・共有し、又その後目に見えぬ放射線の恐怖におびえる毎日を過ごしている故、ひたすら御勘弁・御寛恕を願えればと思う次第である。

そんな中で極めて紋切り型な言い方しか思い浮かばないのだが、又こういう事を日本人自ら口にすることには多少の気恥ずかしさとためらいが有り、しかも手前勝手になる事だけれども、やはり日頃度々耳にし目にする、海外の災害時に必ずと言っていいほど発生する呆れるほどの略奪行為や暴行、そして節度の無さぶりに比べて、この未曾有の大災害に遭遇しても感情を極力押し殺し、しかも淡々粛々と行動する被災者の姿には、忍耐強い東北人という特殊事情があったとは言え、やはり同じ日本人としても皮肉無しにほとほと感心させられたのである。

その一方で、やはり被災地とは関係のない地域での、米やパン、そしてトイレットペーパーという緊急を要さない日用品の買いだめといったオイルショック以来のケチな問題行動は必ずと言っていいほど発生したけれど、それもある程度許容範囲、同じ状況下におかれたほとんどの国で、必ずと言っていいほど発生する問題の略奪行為や暴動が全く起きないのだから、ことさらに褒められることには多少面映ゆい気持ちもあるけれど、そういう国の外国人から見たらおそらく一種の驚きであり称賛の的なのであろう。国民性や文化の違いもあり、また日本人の既成の秩序・規律・常識を全く疑わない従順な特質が、別の場面で必ずしもいつも好ましく肯定的に現れる訳ではなく、また総合的には日本人にとって必ずしもプラスになっているとは断定出来ないけれども、こういう災害時・緊急時といった規律性を要する場合には、そのことが逆に好ましい形で現れたようである。

ところで、よくよく考えるにポルトガル船漂着以来のこの数百年、色々な形で日本に来て日本人に接した外国人の多くが、その折りごとに評価・絶賛してきたところの、日本人が彼らに示してきた親切や民意、そして民度・知識の高さ、さらには好意的印象も、歴史の二大汚点とも言える秀吉の朝鮮侵略、さらには時代が下がって朝鮮併合に始まり満州事変・日中事変に至る、詭弁を弄しても免れ得ない植民地主義的・侵略主義的行為によってかなり損なわれてきたのは残念ながら否定することの出来ない事実であろう。

「太閤の老耄」は蒙古襲来と同じく歴史のはるか彼方の時効としても、やはり二十世紀に引き起こされた一連の戦争行為は、幕末から明治にかけて自ら味わった欧米列強からの屈辱をすっかり忘れ、日清・日露のあまりに上手く運び過ぎた予想外の結果に、思わず舞い上がり思い上がってしまった、日本人の身内に芽生えた大いに自省し反省しなければならない高慢な出来心と言えるかもしれない。今から思うと、新聞などのマスメディアに煽られたとは言え、軍国主義に酔って日本人があまりにどうかしていた時代なのである。

そんな訳であるから、その僅か数十年の愚行によって、そのことが何か折々での日本や日本人批判の口実に使われるだけでなく、二千年近く築いてきた日本人の営為と誇りが傷つけられ、そして日本人そのものが僅かでも否定的に評価され、又そのように看做されることは返す返すも口惜しく残念なことなのである。未曾有の大災害という、このような不幸に見舞われた中で尚、極めて一部とは言え、未だ「日本人はいい気味だ」とネットに書き込む偏執狂的中国人とどこか冷笑的な韓国人、さらには「真珠湾を忘れるな」と思わず口走る人種差別的愚劣なアメリカ人の存在を認めても、それに対して日本人は何の釈明も許されないでいるのであるから。相応の償いを超えた、さらなる謝罪の言葉と行動を求め続けられるこのもやもや感をどうやって晴らしたらよいのか、自業自得と思われることにはかなりの辛さを感じるのである。

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コメント

大震災に見舞われた日本人の潔さや節制は世界が正しく称賛しています。

さて、文章の最後の方に述べられたことですが、日本人に対する良くないイメージを抱く外国人がいるとすれば、それは「偏執狂的・冷笑的・種差別的愚劣」などといった陳腐な一般化を言ってしまう方は未だにいるからのではないでしょうか。他国を見下ろすことなく自国を誇ることで十分なのではと思います。

他人に理解してもらいたいのなら、まず他人を理解しようとしないといけないというのはかなり当たり前のことでしょう。

ちなみに、私は北欧系の在米アメリカ人です。下手な日本語ですみません。

投稿: | 2011年12月17日 (土) 11時37分

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